旧約聖書から神の愛をあなたへ

福音伝道教団

葛西福音キリスト教会

「罪にどう向き合うか」

葛西福音キリスト教会 2021年37()

1.テキスト「第二サムエル記12章9節~23節」

2.タイトル「罪にどう向き合うか」

3中心聖句「ピリピ人への手紙2章12節~13節」

「恐れおののいて自分の救いの達成に努めなさい。神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。」

4.本文「罪にどう向き合うか」

 序)「堅忍の教え」

  久しぶりに「新キリスト教辞典」に触れました。その中の「聖徒の堅忍」の教えが、ダビデの生涯を読み解くヒントになるかと思いました。堅忍とは、信者はどんなに罪また不信仰に落ちようとも、それとは関係なく、永遠の救いが保証されている、という教えではありません。正しくは、信者は罪を犯すことはあるし、時には、ひどい罪に落ち、長い間そこにとどまることもあります。しかし、真の信者であるなら、自己を全く罪に明け渡して全く罪の支配に任せてしまうことはできないと。なぜなら、最後まで堅忍するように神によって定められ、備えられているからです。ダビデの物語はまさに「堅忍」の教え、神の定めと備えが記された物語なのです。そしてそれは、私たちの物語でもあることを聖書の語りかけに耳を傾けて、そして信じていただきたいと願います。

 

本日のテーマ) 「罪にどう向き合うか」

  先週お話しした、父ダビデがアムノンとアブシャロムの罪を責め、懲らしめることをしなかった理由として、姦淫の罪の相手バテ・シェバのとの間に生まれた子どもを失う喪失経験に表れているように思えます。では、まず、ダビデの悔い改めについて聖書の語りに耳を傾けてみましょう。

 

Ⅰ.「神の叱責とダビデの罪の告白」

①「神の叱責」

  ダビデはバテ・シェバの夫で部下のウリヤを戦いの中で死ぬように仕向け、その死後、バテ・シェバを妻に迎え入れました。そしてバテ・シェバは子どもを生みました。しかし、このことは神のみこころをそこなったと聖書は記します。そして預言者ナタンが神からダビデのもとに遣わされました。

(第二サムエル記12章9―10節)

「それなのに、どうしてあなたは主のことばをさげすみ、わたしの目の前に悪を行ったのか。あなたはヘテ人ウリヤを剣で打ち、その妻を自分の妻にした。あなたが彼をアモン人の剣で切り殺したのだ。今や剣は、いつまでもあなたの家から離れない。あなたがわたしをさげすみ、ヘテ人ウリヤの妻を取り、自分の妻にしたからである。」

 

 「それなのに、どうして」と神は、預言者ナタンを通して、神がどれだけダビデを愛し、そして祝福し、さらにもっと祝福しようとされていたかを語り、同時に神の愛と祝福を軽んじ、なぜ神の前に罪を犯してしまったのかと断罪したのです。そしてダビデの家系には人を殺し、傷つける剣が離れることはないと告げられます。これは、この後に起こるアムノンの暗殺、アブシャロムの戦死、アドニヤの処刑、アタルヤによる虐殺を暗示していました。

 

②「ダビデの罪の告白」

  ダビデはこのナタンを通しての神からのことばに、悔い改め、神の前に罪を告白しました。

(第二サムエル記12章13節)

「ダビデはナタンに言った。『私は主に対して罪を犯した。』ナタンはダビデに言った。『主もまた、あなたの罪を見過ごしてくださった。あなたは死なない。』」

 

  神はダビデの罪を赦されました。この言葉を聞いて皆さんは思い出しませんか。かのサウル王も同じことばで預言者サムエルに罪の告白をしたことを。しかし、サウル王は退けられました。なぜでしょうか?

(第一サムエル記15章24節)

『サウルはサムエルに言った。「私は罪を犯しました。私は主の命令と、あなたのことばにそむいたからです。私は民を恐れて、彼らの声に従ったのです。」』

 

神にえこひいきがあるのでしょうか。そうではありません。神学者も言いますが、「人の耳にはことばは同じでも、神の目は(人の)心の違いをみられる」と。ダビデは前の王サウルと心が異なっていたのです。サウル王の謝罪は、どこか自分の罪を他人のせいにしているようにも聞こえます。それでダビデは口先の言葉ではなく、心をご覧になられる神の愛と祝福を受け続けることができたのですね。しかしそれでも続く14節で、ダビデとバテ・シェバの間に生まれた子どもは、死ななければならないと告げられます。そのことについて神学者は「罪は赦されても、罪の結果の罰は残る」と。

 

Ⅱ.「ダビデの罪への向き合い方が問われる」

①「病気の子どものために懸命に祈るダビデ」

  ダビデは病気の子どものためにいのちをかけるような祈りを神にささげます。

(第二サムエル記12章1617)

「ダビデはその子のために神に願い求め、断食をして、引きこもり、一晩中、地に伏していた。彼の家の長老たちは彼のそばに立って、彼を地から起こそうとしたが、ダビデは起きようともせず、彼らといっしょに食事を取ろうともしなかった。」

 

  ダビデは神の裁きが取り去られることを心から願い、断食の祈りをささげ続けます。

 

②「子どもの死に向き合わないダビデ」

  しかし、七日目に子どもが息を引き取ったことが知らされると、彼は断食をやめ、からだと着物を整え、自分の家に帰り食事を口に運びます。それに対して家来は、子どもが死んだのに食事を取るダビでの姿に理解できず、憤りを覚えます

(第二サムエル記12章21)

『すると家来たちが彼に言った。「あなたのなさったこのことは、いったいどういうことですか。お子さまが生きておられる時は断食をして泣かれたのに、お子さまがなくなられると、起き上がり、食事をなさるとは。」』

 

  20節の「からだを洗って身に油を塗り、着物を着替え」ることは、当時のイスラエルの喪中では禁じられる行為だからです。そして子どもの死に向き合い、喪に服すことなく、家に帰ってしまいます。この家来の声にダビデは、「あの子をもう一度、呼び戻せるであろうか」と非常に理性的に返答します。ダビデ自身の罪の結果、罪のない子どもがその罰を代わりに受け、いのちを失ったのに、愛を感じない非常に冷たいことばと行動ではないでしょうか。ある牧師が語っていました。この「ダビデの理性的な態度には、神の裁きを不服とする怒りが隠されていないだろうか」と。そして、「この父なる神の正し過ぎると思える裁きに対する怒りが、ダビデの心に抑圧されて残ったのではないだろうかと。」ダビデが長男アムノン、三男アブシャロムの罪に対して怒りを表わしても、正しい裁きを下すことに消極的な態度を取ったことと無関係ではないように思えるのではないでしょうか。