新約聖書から神の愛をあなたへ

福音伝道教団

葛西福音キリスト教会

「主の再臨に備える」


福音伝道教団-葛西福音キリスト教会-礼拝聖書のお話し 20211010()

1.テキスト「マタイ24:37-44

2.タイトル「主の再臨に備える」

3.中心聖句「マタイ24:42

「目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。」

4.本文「主の再臨に備える」

)「はじめに」

本日は、教団の信仰に学ぶの第5弾です。詳しく学ばなければならない点は、まだまだ多くあると感じてはいますが、現在、手掛かりとなる福音伝道教団の聖書の読み方、考え方、基本的信仰について、「私たちの信仰告白の手引き」から学びましょう。

 

本論)「主の再臨に備える」

信仰告白の手引き、第8章「世にある証人として主の再臨を待ち望む」の中に、「私たちは、いつも目を覚まして主の再臨に備えます。すなわち、忠実に、思慮深く、愛の善行に励みます。」と記されています。そして、みことば、マタイ24:42などがあげられていました。

では、マタイ24:42を中心に「主の再臨に備える」ことは、私たちにとってどのような生き方を勧めるのでしょうか。聖書の語りかけに耳を傾けてまいりましょう。

 

Ⅰ「主の再臨はノアの洪水のように」

イエス・キリストは、思いがけない時に来られることが、ノアの洪水を例にして語られています。洪水が起こり、すべての物を根こそぎ洗い流してしまうまで、彼らにはわからなかったのです。それも、彼らは洪水が起こることを、ノアを通して予告されていながらなのでした。彼らはノアが箱舟に入るその日まで、飲んだり、食ったり、めとったり、とついだりというこの世の関心ごとに心を奪われていたのでした。聖書は語ります。

(マタイ2437-39)

(24:37)人の子が来るのは、ちょうど、ノアの日のようだからです。(24:38)洪水前の日々は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は、飲んだり、食べたり、めとったり、とついだりしていました。(24:39)そして、洪水が来てすべての物をさらってしまうまで、彼らはわからなかったのです。人の子が来るのも、そのとおりです。」

 

38節の「人々は、飲んだり、食べたり、めとったり、とついだりしていました。」と。そこに再臨に気づかない人間の罪の働きがあると聖書は教えています。もちろん、食べることも結婚も、それ自体人間が生きる上で大切なものです。それは神様から人間に与えられた楽しみであり、喜びでもあります。ただ、神様抜きであるならば、人間中心の食と性、人間生活のこの二大要素に根を下ろすのが罪であり、罪はそこで働くと教えます。

ですから、私たちは普段当たり前にしている食前感謝の祈り、またみことばを中心とした結婚の営みは「主の再臨に備える」上で大切です。それは私たちの日々の営みすべてに、同じことが言えます。聖書は教えます。

(-14:8)「もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。」

 

Ⅱ「主の再臨に備えるために」

 では、具体的に「主の再臨に備える」ためにはどうすべきなのでしょう。聖書学者は黙示録のみことばを私たちに指し示しています。

(黙示録3:3)「あなたがどのように受け、また聞いたのかを思い出しなさい。それを堅く守り、また悔い改めなさい。もし、目をさまさなければ、わたしは盗人のように来る。」

 

これは、サルデス教会への手紙の一部です。紀元前549年サルデスは、切り立った岩壁に囲まれ、難攻不落だと安心し切っていましたが、ペルシャ軍により陥落させられました。先のみことばの警告は、安心して防備を怠る愚かさへの警告です。サルデス教会は激しい迫害を受けませんでした。しかし問題は教会内部にあり、無気力な信仰のゆえに警告されました。ごく少数の者だけがキリストに従っているという、全く沈滞した教会だったのでした。

 ですから、信仰を生き返らせるためには、原点に立ち返れと言うのです。これはサルデス教会だけでなく、私たちに向けられたメッセージでもあるのです。福音を聞いて信じ受け入れた時のこと思い出せと。福音を受け入れた時から今に至るまでの人生のすべてを神に信頼し続けているかと問いかけています。そして、それを思い続けていなさいと勧めます。また、足らざるを知るならば、悔い改めよと。

 

勧め)「主の再臨に備えるために」

 「主の再臨はノアの洪水のように」訪れるのです。ですから、私たちは普段当たり前にしている食前感謝の祈り、またみことばを中心とした結婚の営みは「主の再臨に備える」上で大切です。それは私たちの日々の営みすべてに、同じことが言えます。「もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです」と。

 

 ですから、私たちは信仰を生き返らせるため、原点に立ち返りましょう。福音を聞いて信じ受け入れた時のこと思い出し、今に至るまでのすべてを神に信頼し続けているかどうか問い直しましょう。そのことを思い続けて、足らざるを知るならば、悔い改めましょう。