福音伝道教団-葛西福音キリスト教会 礼拝聖書のお話し 2021年10月17日(日)
1.テキスト「マタイ14:13-21」
2.タイトル「私を強くしてくださる方」
3.中心聖句「ピリピ4:13」
「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。」
4.本文「私を強くしてくださる方」
序)「生活問題への勝利」
本日の中心聖句は「ピリピ4:13」です。「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです」と。この聖句が意味するのは、私たちの生活を営む上でのあらゆる問題に対処する秘訣がイエスにはある、聖書にはある、信仰にはあるということです。
彼はさらに、「私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています」(ピリピ4:12)と。それはパウロの宣教人生の経験に裏付けされた上で、あらゆる生活問題に勝利していると言うのです。
ですから、本日は、パウロがこの「方」とお呼びしているイエスについて、聖書の語りかけに耳を傾けましょう。そして私たちもパウロの信仰に生きられるように願います。
本論) 「私を強くしてくださる方」
本日のテキスト、五千人の給食の奇跡は、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネと四つの福音書すべてが、共通して記録している唯一の奇跡です。ですから、五千人の給食の奇跡は、初代教会にとって強烈な印象を与え、重要な意味を持つ出来事でした。
Ⅰ.「イエスはあわれみ深いお方」
パウロは「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです」という理由は、この「方」であるイエスが、どんなときにも私たちの味方となってくださるあわれみ深いお方だからです。
(マタイ14:14)「イエスは舟から上がると、多くの群衆を見、彼らを深くあわれんで、彼らの病気をいやされた。」と。
ここで「深くあわれんで」のことばの意味は、内臓まで動かされる切なるあわれみのことです。これはヘブル文化での思想です。少し日本人には理解ができにくいのかもしれませんが。彼らの文化では内蔵は人間の深い感情の宿る所と考えられていたのです。そのようなイエスのことばがマタイの別の個所にもあります。
(マタイ9:36)「群衆を見て、羊飼いのない羊のように弱り果てて倒れている彼らをかわいそうに思われた」と。
イエスのすべての働きの動機は、心底から激しく動かされて、積極的にあわれみの働きをせざるを得ない心から出ているのです。そして、マタイはイエスが病気をいやされたことを書き、イエスの宣教と奇跡の動機には、常に深いあわれみがあることを伝えるのです。
ですから、あわれみ深いイエスを信じ、霊的な意味でイエスとともに生き、イエスと結びついたパウロは「強く」され、生活問題に勝利を得ていたのでした。
Ⅱ「五千人の給食で弟子たちは何を学んだのか」
①イエスは弟子を用いられる
では、五千人の給食で弟子たちは何を学んだのか。イエスの弟子が学ぶべき第一は、「イエスは弟子を用いられる」ということです。
(マタイ14:16)『イエスは言われた。「彼らが出かけて行く必要はありません。あなたがたで、あの人たちに何か食べる物を上げなさい。」』。
弟子たちは、これほど多くの飢えた人々への食事を準備することは、とてもできないと判断しました。そして皆がそれぞれ食事を取るように提案します。弟子たちの判断はきわめて常識的です。正しい現状認識に基づく判断でした。しかしイエスの状況判断は異なっていたのです。これは弟子たちへのテストでもありました。聖書学者は言います。ここに、主の民の羊飼いとなる召命が弟子たちに与えられていることが、ほのめかされていると。そして、その召命を全うする力は彼ら自身にはなく、すべて大牧者なるイエスからいただかなければならないと。
②イエスの御手にお献げする
次に、弟子たちが学んだことは何でしょうか。イエスは言われました。
(マタイ14:18)『イエスは言われた。「それを、ここに持って来なさい」』と。
五つのパンと二匹の魚は、群衆を養うにはあまりにも少量でした。しかし、一度、それがイエスの御手に献げられ、祝福される時、男だけでも五千人、女性と子どもを数えればその幾倍もの人々が満腹して、なお十二のかごにいっぱい残ったのです。私たちが記憶しなければならないのは、イエスの御手に献げられる時、常に偉大なわざを私たちは体験するのです。
そして最後にイエスの弟子の第一の学びの通り、イエスは弟子を用いられたのです。
(マタイ14:19)「パンを裂いてそれを弟子たちに与えられたので、弟子たちは群衆に配った」。
勧め)「私を強くしてくださる方」
パウロはなぜ、「ピリピ4:13」「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。」と言うのでしょうか。それは、小さなもの、取るに足らないものであっても、主にお献げする時、主はそれらを手に取って、きよめ、祝福し、お働きのため、人々のために用いてくださるからです。
ですから、イエスを信じていただきたいのです。そうするとき、パウロのように秘訣を得ることができるのです。またすでに信じておられる皆様、「あわれみ深い」私たちの主イエスの御手に、私たちは献げて生きることを求められています。イエスの御手に私たちの全てが献げられている時、パウロのように言うことができるのです。
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