タイトル
聖書個所 「ヨハネの福音書11章17~27節」 (聖書引用は新改訳第三版を使用です。)
中心聖句「ヨハネの福音書11章25・26節」
「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。
また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」
イースターって何?
イースターって何の日でしょうね。12月25日のクリスマスだと、ほとんどの日本人が知っているでしょうが。おそらくは、クリスマスとは、教会に何らかの由来があって・・・、ケーキとプレゼント、そして恋人たちの日という、このようなイメージなのではないでしょうか。
しかし、教会の教えからいうと、イースターにも大切な意味があり、非常に残念に思います。どうか、クリスマスとともに、イースターについても知っていただきたいと願います。
では、イースターでは、何をお祝いするのでしょうか。
イースターでは、イエス様が十字架に掛かられて、死なれ、墓に葬られましたが、三日目によみがえられました。そのイエス様の復活をお祝いしています。
それは、イエス様を信じる者は「永遠のいのち」をいただくことができるとのお約束があるからです。
イエス様はお約束されました。
「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。
また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」
(ヨハネの福音書11章25・26節)
このことばは、イエス様がベタニヤという町の、ある人の葬儀の会場で言われたおことばです。そのベタニヤには、イエス様に愛されていた3人の友人であり、互いに兄弟姉妹のラザロ、マルタ、マリヤが住んでいました。
ある日のこと、男性のラザロが重い病気に倒れ、亡くなってしまいました。その知らせを聞いて、イエス様がベタニヤに到着された時、すでにラザロの葬儀は四日目でした。
すなわち、それはラザロの遺体が墓に葬られて四日も経って、墓の中で腐敗していることを意味していました。
しかしその時、聖書にはこのように記されています。イエス様が墓の前で、大声で言われました。「ラザロよ。出て来なさい。」すると、死んでいた人が、手と足を長い布で巻かれたままで出て来た。彼の顔は布切れで包まれていた。イエス様は彼らに言われた。「ほどいてやって、帰らせなさい。」と。イエス様がお約束された。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」というおことばがこのような不思議なことをおこしたのです。
このように、イエス様はよみがえりの神様であり、いのちの神様だと信じる者は死んでも生きることができるのです。そして、ご自身もゴルゴダの丘の上で十字架にお苦しみになられ、死なれ、墓に葬られましたが、三日目によみがえられました。イエスの復活を信じる者には永遠のいのちが与えられるのです。教会ではそのことを記念してお祝いしています。
なぜ、永遠のいのちが必要なのでしょうか。
それはすべての人間には、死を避けることができないからです。これは、医療と科学の進んだ現代でも、永遠のテーマですね。また、特に今は、私自身も皆さん自身も病や死を身近なものとして、感じておられるのではないでしょうか。
あるハイデッガーというひとりの哲学者はこのように言っています。人間とは「死へと向かう存在である」と。このことばを否定できる人がいるでしょうか。聖書も同じようなことを言っています。
「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」 (ヘブル人への手紙9章27節)
また、神のさばきについて聖書は言います。
「すべての者にさばきを行い、不敬虔な者たちの、神を恐れずに犯した行為のいっさいと、また神を恐れない罪人どもが
主に言い逆らった無礼のいっさいとについて、彼らを罪に定めるためである。」(ユダの手紙1章15節)
ですから、すべての人に「永遠のいのちが」が必要だと聖書は教えているのです。
では、どうすれば、永遠のいのちをいただき、神のさばきを避けることができるのでしょうか。
それは、イエス様のお約束のことばを信じることしか、道はないのです。
聖書は教えています。十字架で死なれ、三日目に復活されたイエス様を信じる者は、たとえ、ラザロのように肉体の死を経験しなければならないとしても、なお生きることができると。
もし信じるなら、あなたも、そして信じるすべての人は滅びることがないのです。イエス様を信じる者にとって、肉体の死は、すべての終わりではなく、永遠のいのちの始まりとなるのです。
永遠のいのちは、生きている私たちの人生をどのように祝福するのでしょうか。
ここまで、お話しすると、「永遠のいのち」が死後の復活なら、死ぬ直前に神様を信じたらいいじゃないか。病院で危篤状態になる前に、看護婦さんに知り合いか、近くの教会の牧師を呼んでもらえばよいと、誰かが言ったか言わないかという話を聞いた覚えがありますが。
それはちょっと残念ですね。そもそも、自分の死の直前を知ったときに、声が出せ、行動できればいいのですが・・・。
もっと残念なのは、「永遠のいのちを」をいただいて生きる時、あなたの人生は新しく変わるからです。その新しさは愛という味付けをあなたの人生、あなたの夫婦関係、親子関係、会社や地域社会での関係に添えるからです。ですから、人生の若いときにこそ、神様を信じるべきなのです。
聖書も勧めています。
「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。」(伝道者の書12章1節)
ですから、イエス様のお約束のことばを信じていただきたいと、皆様には、切にお願いします。
「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。
また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」
(ヨハネの福音書11章25・26節)
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