新約聖書から神様の愛をあなたへ

福音伝道教団

葛西福音キリスト教会

「イエスの使命」

葛西説教20220522

1.テキスト「ルカ2:41-52

2.タイトル「イエス様の使命」

3.中心聖句「ルカ2:49

「わたしが必ず自分の父の家にいることを、ご存じなかったのですか。」

4本文「イエス様の使命」

 序)「迷子のイエス様?と律法」

 皆さんは、子どもの頃、迷子になったことがありますか。お父さんやお母さんとはぐれてしまって、一人ぼっちになってしまったとき、とても不安で悲しくなったりしますよね。本日は、イエス様が迷子になったと騒ぎになったお話しです。

 そもそも律法には、少年が13歳のときに、『バル・ミツバ』、律法の子となる儀式を受けることが定められていたそうです。ただ、イエス様の時代には12歳でも、13歳でもよくなっていたようですが。ですから、本日のお話しは、イエス様の『バル・ミツバ』であったかもしれません。この儀式を通して、ユダヤの少年はイスラエルの会衆の一員になるのです。これまで母と一緒に、幕で隔てられた婦人の場所での礼拝が、これからは成人した男性たちと共に、会堂での礼拝が許されたと伝えられています。

 日本の『成人式』や一部の教会で行われている『堅信礼』と似た性格があるかもしれません。

 

本論)「イエス様の使命」

Ⅰ.「迷子のイエス様?」

 本日のお話しの背景をご説明します。ユダヤには、年に一度の『過越しの祭り』がありました。それは、昔、イスラエルの人々が、エジプトでの奴隷の生活から救い出されたことを神様に感謝する大切な祭りでした。

 その祭りでは、人々はエルサレム神殿に礼拝に行くことが習慣となっていました。イエス様が12歳になられた年も、ヨセフとマリヤさんは過越しの祭りにイエス様を連れて、ナザレからエルサレムに行きました。

 祭りが終って、ヨセフさんたちはナザレに帰ろうとしますが、イエス様がいないことに気づきます。実は、この巡礼は家族ごとにグループになって、歩いているわけではないのです。子ども、女性、男性の順で歩き、少年たちは、行列の前後を自由に駆け巡っていました。ですから、おそらく前方のマリヤさんも後方のヨセフさんも、(44)「イエス様が一行の中にいるものと思って、一日の道のりを行った」という事情があるのです。

 

Ⅱ.「神殿におられたイエス様」

 ヨセフさんたちはイエス様を探して、とうとうエルサレム神殿まで引き返してしまいました。もう、三日も経っていました。そして、もう一度神殿に入ってみますと、何とイエス様が、神殿で律法を教える立場の教師たちの真ん中で話し合いをしているではないですか。これにはイエス様が迷子になってしまったと心配していたご両親からすると驚いたことだと思います。しかも、47節、「聞いていた人々はみな、イエスの知恵と答えに驚いていた」というのです。旧約聖書の教師が12歳の子どもに教えられていたというのです。

 そして、イエス様は神殿を「自分の父の家」と言われました。その意味は、イエス様が神様の子であること。また神様に遣わされた救い主であることをはっきりと宣言されたのです。これはイエス様がご自分の使命を知っておられることを意味しました。そしてその使命を知りつつ、地上の両親、ヨセフさんとマリヤさんに仕えられたのでした。

 しかし、イエス様の地上の両親は(50)「 しかし両親には、イエスの話されたことばの意味がわからなかった」とあるように理解できませんでした。あのクリスマスの数々の出来事があったにもかかわらず、理解できていなかったのです。聖書は言います。

(Ⅰコリント 2:13)「御霊のことばをもって御霊のことを解く」また(Ⅰコリント 2:14)「御霊のことは御霊によってわきまえるものだからです」と言われています。御霊なる神様の導きと交わりが必要なのです。イエス様の弟子たちも同じでした(9:4518:34)

 

Ⅲ.「私たちの使命」

 ここまで、イエス様の使命というお話をしてきました。最後に、私たちの使命について考えてみましょう。私たちは自らを小さな存在として見てはいないでしょうか。こんな話があります。

 あるヨーロッパのオーケストラでは、演奏会のために一生懸命に練習がなされていたそうです。そんな中、ピッコロという、フルートよりも小さな楽器の担当者が思ったそうです。「わたしなんか、いてもいなくても同じだ。トランペットやバイオリンのように有名でもない。みんなに知られていない音や楽器だ。あまりカッコ良くもない。しかも出番は短く一回っきりだ。「だから、やめた」と。それで練習中、自分の出番に吹かなかったそうです。その時、指揮者が叫びました。「ストップ」と。そして「ピッコロ、なぜ吹かないんだ。ピッコロがなければ、曲が台無しだ。君の音が必要なんだ」と。

 この話は、皆さんもどこかで聞いたことがあるかもしれませんが。すべての人が神様にとって、なくてはならない存在なのです。あなたにしかできない大切な使命があることを神様は知っておられるのです。

 

勧め「イエス様の使命」

 

 本日はイエス様の使命ということを聖書から私たちは学びました。私たちにはそれぞれ神様から大切な使命が与えられているのです。ですから、御霊なる神様の導きと交わりの中で、自分の使命を知り、神様に私たちを用いていただきましょう。